東京・青山のアイコンが待望の関西進出
「生活にアートという彩りを」。

はじめましてPACEです Vol.02

SPIRAL 代表・鈴木 淳さん

「SPIRAL(以下、スパイラル)」は、株式会社ワコールが「文化の事業化」を目指して1985年にオープンした複合文化施設です。東京・青山を拠点に“生活とアートの融合”をテーマに、現代美術やデザインの展覧会、アートフェア、若手クリエイターの支援など、さまざまな形で時代ごとの芸術文化を発信してこられました。そのセレクトショップである「Spiral Market」がこれまでのサテライトショップをより進化させた、関西エリア初出店となる「+S」Spiral Marketとして、このたびルクア イーレ4階に新たにできるエリア「PACE(ペース)」にオープンします。大阪・梅田でどのようなことを仕掛けるのか。「SPIRAL」を運営する株式会社ワコールアートセンターの代表取締役社長・鈴木淳さんにお話を伺いました。

取材で訪れた「スパイラル」は、青山のランドマーク。
世界的な建築家・槇文彦氏の代表作としても知られている。(撮影:加藤純平)
2Fにあるセレクトショップ「スパイラルマーケット」。
生活に寄り添い永く愛用できる「エターナルデザイン」を追求し、
アートと隣接する空間から新しい生活提案をしてきた。(撮影:加藤純平)
最上階のラウンジに通されると、眼下に青山通り、その先には代々木公園や明治神宮の境内が眺望できる。
スパイラル代表の鈴木さんを囲んで、ルクアの岡森と寅屋敷から新エリア「PACE」の概要を説明。

ルクア岡森:スパイラルマーケットの関西初出店として、このたびルクア イーレへの出店を決断していただきありがとうございます。

鈴木:こちらこそよろしくお願いします。

生活のなかで、アートと自然に触れ合える場にしたい。

ルクア岡森:まず、新エリアのコンセプトからお伝えさせていただきます。どんな空間にしていくべきかを検討した結果、「モノが主役の場から、人が主役の場へ」ということに行き着き、その想いをお客様に一言で表すコンセプトとして「PACE」というキーワードを掲げたいと考えています。

鈴木:「PACE」ですか。ある意味では抽象的な言葉ですが、お客様が主体的に考える余地を残すような包容力もありますね。我々が取り扱っているアートは、まさに正解のない問いを人々に投げかけ「これって何だろう」と思考の過程を楽しんでいただくもの。ですから、「PACE」というキーワードに、アートの本質ととても近いものを感じました。

実は、ルクア岡森からスパイラルさんに出店の打診をしたのは6年も前のこと。
「こうして今後の展望をお話しできるのが素直に嬉しいです」と岡森。

鈴木:6年前に出店の打診をいただいた時も、我々としては“モノを売る”という目的以外に、文化を日常に取り入れていただくための場でありたいとお伝えさせていただきました。

ルクア岡森:正直なところ、当時はゴリ押しすることができずにいたんです。ルクアが“モノを売る”という方針である以上、必ず齟齬が生じてしまう。“人が主役の場へ”という地点に立ち、今なら胸を張ってご一緒できると思い、改めてお声かけしました。

鈴木:我々の掲げる「文化の事業化」もまたモノを主役としていません。以前は理解されるのが難しかった“モノよりコト”という考え方が、今では多くの人に浸透してきたように感じます。その具体的なアクションとしてスパイラルでは「生活とアートの融合」を目指してきました。これからますます付加価値を求める時代に、アートはもっと身近なものになると考えています。

ルクア岡森:そもそもの話なんですが、なぜインナーメーカーであるワコールさんが、アート事業を行っているのですか?

鈴木:インナーは肌に直接触れるアイテムなだけに、着け心地や着けたときの心情など、着る人の心にとても密接な作用を及ぼすものなんですね。アートもまた見る人の心を動かすもの。僕自身は、ワコールがアート事業を推進する背景に、そういった親和性を感じています。

ルクア岡森:日常生活に必要不可欠なインナー。そこに美を追求するワコールさんだからこそ、生活とアートを繋ぐ橋渡し役を担えるのだと感じました。「PACE」での展開も含め、今後、力を入れたいことはなんですか?

鈴木:今後は我々が“デイリーアート”と呼んでいる、生活(住空間)に取り入れやすいアートも多く取り扱っていきたいと考えています。

「多くの方からすると、アートはまだまだ近寄りがたさもあります。お茶をしにきた人、服を買いにきた人が自然とアートに触れ合う場をつくりたい」と鈴木さん。

ルクア岡森:デイリーアートですか。私自身はアートに対してどうしても敷居の高さを感じてしまうタイプなんです。アートは、ファッションとは異なり、どこから向き合えばいいか迷ってしまいます。

鈴木:アートとファッションは密接に関係していると思いますが、僕はワコールの商品企画部門出身ですからアート畑ではありません。岡森さんの気持ちもよくわかります。アートよりもファッションなどの日常に不可欠なプロダクトデザインの分野を専門としてきたので、どちらかと言えば生活に応用できる美としてのアートに可能性を感じています。一方で、スパイラルには専門性が高いアートを担当するスタッフもおり、ファインアートやコンテンポラリーダンスなどをスパイラルの強みとしてきました。その2つの側面から、現在のスパイラルがあると感じています。

2019年に開催した「石本藤雄展-マリメッコの花から陶の実へ-」。「マリメッコ」で長年テキスタイルデザイナーを務めた石本藤雄の仕事には、日々の暮らしをアートで彩るアイデアがある。

ルクア岡森:スパイラルさんは、前衛的なアートの発信にも力を入れてこられ、アートスペースとしても地位を確立されてこられた印象があります。

鈴木:決してメジャーではないですが、コアなファンがいるアートを数多く紹介してきたと思います。それこそアーティストには各々の“ペース”があり、それにスパイラルが並走してきたからこそ、今のような信頼関係を築くことができたのではないかと感じています。私自身は、お客様のニーズに応える商品作りを行ってきたので、そのバランスを取りながら、アートの幅広い魅力を伝えていきたいですね。

スパイラルの活動報告書。2020年度は、向田邦子没後40年特別イベント「いま、風が吹いている」やRhizomatiks × ELEVENPLAY 「border 2021」などを開催した。
https://www.spiral.co.jp/application/files/9916/2242/6998/SPIRAL_annualreport2020.pdf
スパイラルが主催する「SICF(スパイラル・インディペンデント・クリエイターズ・フェスティバル)」。公募展形式のアートフェスティバルを通じて、若手クリエイターに発表の場を作り支援してきた。

ルクア岡森:スパイラルさんは、美術館のようなギャラリーを有しながら、食や美容部門も設けておられます。カフェやショップに行くような気持ちの延長線上にアートとの出会いがあり、日々の日常のなかに自分の価値観を広げてくれるような体験があるように思います。「PACE」の模範となるような空間です。

鈴木:今でこそ、そうした施設が増えましたが、開館当時は画期的な空間だったと聞いています。美術館や画廊で作品を観ることが一般的だった時代に、高尚なものとして扱われてきたアートを、ショップを巡りながら、またコーヒーを飲みながら愉しむことができる。当時は非常に新しかったんですね。その想いは今も変わらずです。“生活とアートの融合”をテーマに掲げ、日常のさまざまな場面にアートの可能性を見出し、生活に取り入れることを目指しています。

2019年の石本藤雄展で新作として発表された「オオイヌノフグリ(OOINUNOFUGURI)」をモチーフにしたウォールレリーフ。
部屋に飾ることで、石本藤雄が展覧会で表現した世界観を日々の暮らしの中にも取り入れることができる。スパイラルオンラインストア(https://store.spiral.co.jp/)で販売中。

アートを手元に置くことで、自分と向き合う。

ルクア岡森:「PACE」という場を通じて初めてアートを購入する、という方が増えるかもしれませんね。鈴木さんから見て、アートの価値ってなんでしょうか?

鈴木:僕よりも専門家の意見の方が説得力があると思うので、例を挙げると、とあるアートの専門家が、「アートの凄さってなんですか?」という問いに「一度アートを買ってみて、手元に置いてみるとわかることだと思います」と仰っていました。アートに求める価値は、人それぞれなのだと思います。

ルクア岡森:お客様一人ひとりの状況や想いと向き合う。それは、ルクアを含め商業施設でも同じことが言えます。以前は、トレンドを提示していれば良い時代もありましたが、「自分らしさとは何か」ということをそれぞれが模索する時代になったと思います。一つの価値観や流行に倣うのではなく、お客様もまた「本当に自分に合ったものは何か」ということに葛藤を感じているように思うんです。

鈴木:なるほど。アートもまた手元に置くと、「どう飾ろうか」と家族と会話が生まれたり、インテリアや作家への興味が高まる一方、収納場所、そして万一壊れた時の修復など、楽しみも悩みも個々に多様化していきます。我々の役目は、アートを手元に置くという経験をする人をいかに増やせるかということ。今後は、手元に置いたその先のことも目に見えるサービスを通じてお伝えできたらと思っています。

ルクア岡森:スパイラルさんが「PACE」に出店されることで、ルクアという枠を超えて大阪・梅田の街にも変化を与えていくのではないかという勝手な期待があります。スパイラルという文字通り、青山通りにカルチャーの“渦”をつくって街にムーブメントを与えたように。

「文化事業を通じてまちづくりプロジェクトも積極的に行われているスパイラルさんの知恵をお借りして、ぜひ地域共生ができるようなイベントを行っていけたらと」。

鈴木:青山に限らず、スパイラルではこれまでアートを通じて地域の活性化へと繋げていくプロジェクトにも取り組んできました。例えば、横浜市から運営委託されている「象の鼻テラス」という施設では、横浜出身の世界的なダンサーにバレエ教室を開いていただいたり、横浜に拠点を置く劇団を招いたイベントなどを年に数百ほど行っています。

ルクア岡森:関西のクリエイターやアーティストとのコラボレーションも期待しています。コロナウィルスの感染拡大には当然対策をとりながらも、「PACE」ではお客様同士でコミュニケーションを取りやすい場作りを目指していきたいと考えています。

鈴木:ルクアさんは、親子連れをはじめ老若男女のお客様が集う場ですから、例えばお子様たちが参加できるワークショップなどを「PACE」で実施することができれば、アートのもつ力をより多くの人々へお伝えすることができるかもしれません。我々の想いを大阪でも発信できたら嬉しいですね。

ルクア岡森:ぜひ、よろしくお願いいたします!

「遠方まで来てくださったお礼に」と、鈴木さんからオシャレなオリジナルノートブックをいただき、ホクホクして帰る岡森と寅屋敷。

ルクア大阪・寅屋敷のインタビュー後記:
東京出張のときに、必ず立ち寄るほどお気に入りの青山の施設「スパイラル」。そんなスパイラルがルクアにも出現します。今まで「アートって難しそうだな」と思っていましたが、鈴木社長とお話しするなかで「生活とアートの誘導という点では自分のとっておきのお皿を大事に使うこともアートなんだ」と気づかされました。ルクア大阪店がオープンしたら、自分のお部屋のアート計画をスタートさせたいです。いただいたノートも愛用中です!

Edit:Mitsukawa Takahiro
Photo:Miura Masaru
Text:Sugawara Shiki
Edit Support:Minami Ayumi・Kubota Leia

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